April 30, 2006

◇フィリピン "BORACAY(ボラカイ)" の今昔物語

1) P.15,000 /10,000m2
2) P.700 /m2
3) P.32,000 /m2

いきなりですが、何の数字がわかりますか?

1)1970年当時のボラカイの土地の値段です。
 10,000平方メートル当り15,000ぺソ。 つまり、1平方メートル当り、1ペソ50センタボ。

2) この土地に目をつけた ELIZALDE(エリサルデ)ファミリーが 1978年、島のあちらこちらを買った時の1平方メートル当りの値段です。(現在、島の中心部にある D' MALL は ELIZARDEファミリーが所有しています。)

3) 現在の1平方メートル当りの値段。

BORACAY51970年代初頭、FREDDIE ELIZALDE は、ネグロス島からマニラに帰る途中、かつて耳にしたことのある「白砂の島」を確かめようと、パイロットにPANAY(パナイ)島に向け迂回するよう命じたということです。
彼の飛行機は、パナイ島の北端部を徹底的に探し、ついにクリスタルクリアーでエメラルドブルーの海水に囲まれた一筋の白い砂浜を見つけたのです。
それは、数千フィートもの上空にいた彼ら一行の目をも、くぎづけにするほどの驚くべき美しさであったといいます。

ELIZALDE一行は、でこぼこ道をジープニーでKALIBO(カリボ)に向かい、かろうじて現在のボラカイに渡る町 CATICLAN (カティクラン)への中間地点までたどり着いたのです。ところがそこからは道らしき道がありません。車を降り、海岸沿を歩き、雇ったバンカボードに乗ること4時間、ついに、手付かずの美しい島を発見したのです。


今回は、長くなりそうなので、続きはこちらで(→)
         ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

本来、人が混み合う観光地は好きではありません。でも、どうしても見ておきたかったのです。
今回の私のボラカイ行きの目的、それはどれだけこの島が変わってしまったかを確かめることでした。 
ちょうどカリボでピーニャ&ファイバー・フェスティバルが開催されようとしていました。その前に1泊だけ、ボラカイに泊る事にしました。

実は20年近く前、私はこの島を訪れています。
まだ、電気も水道もなかった頃です。
当然カティクランには空港などなく、カリボからの道も今のように舗装されたものではありませんでした。 それこそでこぼこの山道をジープで2時間半くらいかかって、雑草が生えたカティクランの船着場に着きました。(現在はカリボーカティクラン間の所要時間は約1時間半です。)

食料、飲料水を持参し、メイドさんまでも連れて。メイドさんは持っていった食料と現地調達したらしいお魚で食事を用意してくれました。

昼間の海は、どれだけ遠くまで行っても、太陽の光が作り出す、揺れるさざ波の影が白砂に映っていました。
シャワーは海水でしたが、昼間泳ぎまわったあのクリスタル・クリアーの海水なのです、抵抗があるはずはありません。

電気がないので、夜はランプの生活です。 だけど、砂浜に寝転べば、星が今にも降ってきそうでした。 「手を伸ばせばつかめそう」というのは、きっとこういうことだなって。 本当に感動的な、すばらしい夜空でした。
今回、一番気になっていたのは、「今でもまだボラカイに星は降るのだろうか」っていうことでした。
ある程度の覚悟はしていたももの、人ばかりではなく、ひしめき合って立ち並ぶ建物。昼間のビーチの混雑ぶりに耐えられなくなった私は、早々にビーチ探索を切り上げ、少し離れた高台にあるホテルに戻りました。 「日が落ちたら、テラスに出て空を見てみよう。あの時と同じならビーチに下りていこう」そう考えながら。

あの時は、ランプと空の星以外、何も光がなかったのですよね。どんなに小さな星でもその輝きが見えたにちがいありません。
でも、今はビーチにはホテルやバー、レストランが放つ人工の光。小さな星の光はかき消されてしまうことでしょう。
日が落ちて一旦テラスには出たものの、ANTIPOLO (アンティポロ)とそれほど変わりがないような気がして・・・・、ホテル内のレストランで食事をすることにしました。


20年近く前、途中から私達のバンカボートの周りを泳ぎ、一緒に上陸したお魚たち、風にのって砂浜をワタボコりのようにコロコロところげまわっていた透明の蟹たち・・・・、もう、会えないのですね。


         ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

第2次世界大戦で日本軍はフィリピンを占領し、残虐な殺戮を繰り返しました。
が、日本軍もボラカイまでは発見できなかったと見え、ここに避難していた人達はまったく平穏無事に暮らしていた、前回ボラカイを訪れた時に聞いたお話です。

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■4月27日付 フィリピン・インサイドニュースより

 アクラン州にある世界的に有名な観光地ボラカイ島では増え続ける電力需要に電力供給が対応しきれない状況になりつつあり、アロヨ大統領がこうした事態に危機感を示した。
  25日に開かれたアクラン州50周年記念式典のスピーチでアロヨ大統領は、電力需要はものすごい勢いで増えており、4年で電力不足になると警告した。
  大統領は、ボラカイ島や州全域に電力を供給するため建設された同州ナボス町のミラント発電所の始業式典に出席したが、同発電所は許認可問題でまだフル稼働していない。
  国営送電公社(TransCo)の技師によると、アクラン州は10年までに34.5メガワットの電力を消費するようになるという。ボラカイ島を含め同州の現在の消費量は27.3メガワットで、ボラカイ島だけでピーク時には6、7メガワット消費している。
  大統領は今年初め、アクラン州に水力発電所の建設を提案しているエネルギー省と協議するよう州側に提案したとしており、地元自治体は提案されている水力発電所建設計画を第27次円借款に含めるよう政府高官に促すべきだと付け加えた。(Star)


■APR. 26 THE PHILIPPINE STAR

STAR GMA orders Panay development
 plan to focus on tourism


KALIBO, Aklan - Arroyo 大統領、パナイ島の開発計画を農産業から観光産業へと変更へ。
Antique(アンティケ)州を訪れた大統領は、「政府はパナイ島に潜在する観光事業の開発により焦点をおくべきである、特に世界的に有名なボラカイ島のホワイトサンドビーチには」と語った。 - 中略 -

2002年に作られた「パナイ島統合開発計画」。本来は、パナイ島を農産業の中心とするべく提案されたものである。
Iloilo(イロイロ)州がこの国での最も大きな米の供給地のひとつであり、実際パナイ島の収入源は、主に農作物であった。 
しかし、時代は変わった、大統領は言う。 「ボラカイ島から得る収入、それは農作物から得られるそれの何倍にも相当する。 だから今、パナイ島統合開発計画を変更し、観光の中心とする必要があるのです」

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これはたまたま、マニラから帰国する際に読んだ記事。
大統領、まだボラカイを客寄せパンダにするつもり?
もういい加減、十分だと思うけど。

ちょっとセンチメンタルな旅でした。

★追記(2006.04.30 12:05PM)
 朝起きて読み返してみたら、(↑)の内容ではちょっと「誤解を受けそうかなぁ」って思って。
 ボラカイは今でも美しい「海」と「白い砂浜」で多くの旅人を魅了し続けていますよ。 

 人の多さにショックを受けて、ビーチの写真を撮るの忘れました。
 ipi-p さんのブログに、素敵な写真がいっぱいです。そちらでしばし、お楽しみくださいな。
 

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この記事へのコメント
私達も第二のボラカイを探そうと、飛行機に乗ってる時は、目を凝らして、色んな島をみてるのですが・・

いくつか・・目はつけましたが・・

後は行動力です・・
Posted by ちか at May 02, 2006 00:58
ちかちゃーん、是非行動に移して!
それで連れてって〜〜〜。
Posted by harana at May 02, 2006 07:27